「運命の赤い糸だったのよ」
「文明の足掻い後?」

何その明治維新とかを彷彿とさせる素敵ワード、と私は思った。
しかし思い切り聞き間違いをしたらしく、私は軽く小突かれる羽目になった。

「運命の、赤い糸!」
「あー、あったね。そういう携帯小説。」

ああいう小説は余白が多くて苦手だ。あの余白にノンブルがぽつりとあると、何字詰め込むことができるかを考えてしまう。
まあ、恋空しか見たことがないから全ての携帯小説がそうだと断言することは出来ないのだが。

「違うって、私恋人できたの!」
「おめでとう」

一応祝いの言葉を述べておく。こういったときにどう対応していいかよく把握していないからだ。
それにしても、目の前の友人を恋人にするとは勇気がある。彼女は好きになったら猪突猛進というのか、周りが見えなくなる恋愛体質。メールを一日百件送り付けて、アドレスを変えられたこともあった筈だ。

「本当にめでたいって思ってる?」

あんまり、と返す前に出会いを聞きたい?じゃあ話してあげる!と言われた。
…この子、今誰と会話したのだろうか。喫茶店にいるが、奧の方の部屋なので店員も居なかった。顔は可愛いのに中身が惜しい子だ。

「じゃあ話すね?あれは、一ヶ月ぐらい前のことなんだけど…。私、電車で学校行ってるでしょ?そしたらたまに痴漢に遭うんだ。
その時もスカートの上からお尻触られてさ、満員電車で逃げれないし顔も見れないで最悪!でもその時に髪が危ない感じのおっさんの手をひっ掴んでやめろよ!って言ってくれた人がいたの。
かっこよくない?」

確かにかっこいい。リアル電車男みたいだ。
その後彼女が住所を聞き出してエルメスのティーカップを送ったのかというと、そうでは無いらしい。
痴漢は駅で止まると俺は無実だーと叫び逃亡。警察に突き出すこともできず、お礼だけ言って終わったらしい。フラグは折れた。

「じゃあ、どうして付き合うことになったわけ?」

私が問うと、彼女はいっそう目を輝かせて語りだした。一気に喋ったものだから喉が渇いて咳が出る。多少落ち着かせ、水を飲ませた。

「落ち着いた?」
「その後もね、喫茶店で会ったり道を聞かれたりしたの。最後には携帯拾っちゃって…やっぱりその人のを!
これって縁だと思わない?あ、あの人!」

彼女が指した窓の外には、携帯を見つめる一人の男がいた。私たち(というか目の前の彼女)に気付いて手を振ってくる。
まさか、この後買い物に行く約束で遊んでいるのにデートの約束もしていたのだろうか。聞くと、首が横に振られた。

「約束?全然してないけど?でも会っちゃったからデートしてもいい?」

私はどうぞと言って彼女を送り出した。

さて、私は紙とペンを取り出した。
まず彼女が満員電車で隣合う人の数。最高でも5人が限度だろう。その内の一人が痴漢をし、もう一人がそれに気づき制止する確率。明らかに低い。満員電車の中で痴漢を見つけるのは難しいことだし、それを止めようとする確率なんてどれだけ低いことか。
更に、同じ喫茶店に入り道端で道を聞く確率。このご時世、携帯電話が何でもやってくれるのにどうして人に聞く必要があるのだろう。
それに彼女の行動範囲内に喫茶店はいくつもあるが、彼女が使うのはここともう一件、知る人ぞ知るという個人経営の店で、スタバのような有名な店ではない。
揚句の果てに携帯を落として彼女が拾うだなんて。有り得ない、低すぎて計算が出来なくなるぐらいだ。
全てのことを考えると、私は最悪の結論に辿り着いた。彼女は自分のストーカーと付き合っている。
まあ、幸せそうならいいかと私は席を立った。その計算を書いた紙は、風に吹かれて飛んでいってしまった。
inserted by FC2 system