アタシをこの世に繋ぐのは、苦い苦い白い粒。

[プラセボ]

「あの、オオカミさん。今、いい?」
「いいも何も。貴方が今、私の読書を邪魔しただけじゃない。」

アタシの燃えよ剣読書タイムは、一人の少年によって一時中断となる。
折角の自習、かったるいプリントは早々に済ませた私は何をやってもいい立場。
でも、目の前の少年は見るからにどんくさそうな感じで。
コイツプリント終わったのかしらなんて他人事なのに心配なんてしちゃった。

「ごめんねオオカミさん。…あの、固形蜂蜜とか持ってないかな?」
「蜂蜜は持ってないわ。メープルシロップ派なの。
で、どうして固形系の栄養補給剤が必要なわけ?」

コイツは必要なさそうだよな、なんて勝手に思う。
私の席は窓側一番後ろベストプレイスであり、とりあえず同じ班にコイツは居ない。
蜂蜜が必要だったら歩けないぐらいの人間だろう。うん、こんな感じ。
少年は、何かちょっと躊躇って、嗚呼嫌だな、早く言わねーかな。
ぎゅっと学ランの端を掴んで、用件を搾り出した。アタシが虐めっ子みたい。

「和ちゃん…和宮アヤカさんが貧血で。今、保健の先生も居ないし。」

誰、ソイツ?
元々クラスメイトになんて興味を持ってないアタシは、誰の名前も言えない。
知る必要もない。どうせ3年経ったらオサラバの関係で、何故馴れ合う?
燃えよ剣を閉じて、教室を見ると……あった、人の塊。
中心に居るのは和宮なんたら、でその周りは人、人、人。
気持ち悪い。何で他人を思いやってます、みたいな格好をするの?
何で、アタシみたいな馴れ合いたくない人間を引き入れようとするの?
何で、放っといてくれないの?迷惑なのに。

「で、どうしてアタシがそんなモン持ってるの?学校はお菓子禁止なのに。」
「………。」

出たよ沈黙。男らしくない。いや、女だってこんなことしたら殴る。

「……。」

続く沈黙。大丈夫?とかっていう見せ掛けの言葉塗れの教室。
殴っていい?いい?おっけー?いいよね?大丈夫だよね?問題無いよね?
いざとなればただの悪者にアタシが成り上がれば良いだけなんだから。
ヒーローよりヒールの方がかっこいいじゃない。まともじゃない。アタシは恐れない。

「ねえ、答えるつもりある?」
「ご、ごめん!」

謝る前に用件言えやゴラ。

「オオカミさん、いっつも授業中にラムネ食べてるじゃん?だから…。」
「アタシのレディーを名前も知らない女に遣れってか。」

出ちゃった本音、アタシの本音。
むっと歪められる表情、これがコイツの本性。
友人の為に頑張って怖い同級生に話しかけようと勇んで簡単に倒された奴。
雑魚A、下っ端その1、問題外。お話にもならない。バイバイ。

「…オオカミさん。もう同じクラスになって結構経つよ。」
「だったらアンタ、アタシの下の名前言える?」
「……。」

沈黙その2!コイツ黙ればいいと思ってる。自分で答えだすことを知らない。
最低。虫以下。細胞以下。微生物以下。大気中の塵以下。
アタシとコイツの会話は、なんたらさんが倒れたお陰で誰も気づかない。

「ほら。言えないじゃない。これでもアンタはアタシを責めるの?
そんな資格をアンタは持っていないし、アタシは自分以下の奴の言葉興味無いの。」
「すみ、ません……。」

どうして謝る。謝ればぜーんぶ済むとでも思っているの?
そんなの、泣けばどうにでもなる馬鹿女と一緒じゃない。下級生物畜生が。
ポケットから、ラムネじゃない、レディーという白い粒のお菓子を出す。
それを一つ口に入れた。がぢん、と奥歯で噛んで唾液と一緒に飲み込んだ。

「ほら、口に突っ込んで遣れ。」

ぽん、と小さい白い粒を少年に投げた。花が咲いたように喜ぶ顔。
単純な考えの人間って一番扱い易い。そう、例えばコイツみたいな。

「ありがとう、オオカミさ」
「オオカミアリカ。今覚えろ。」
「わかったよ、オオカミさん。」

コイツ、馬鹿。
少年は、白い粒をティッシュに包んでなんたらに持って行った。楽しそうに笑ってる。
なんたらさんはティッシュを受け取った。白い粒を、カリッ、と噛んだ。
瞬間、見れなかったけれどきっとかなり酷い顔をしたに違いない。
レディーというお菓子は、失恋した味というなんとも表現し難いもの。ぶっちゃけ苦い。

「オオカミさん、知ってたんだね?」
「アリカ。知ってたわ。当然でしょう?」

笑ってやった。少年も笑った。コイツ、楽しい。面白い。
コイツの名前は何なのだろう。初めてアタシはクラスメイトという生き物に興味を持った。
レディーのケースから、一つ、白い粒を取り出した。奥歯でがぢんと噛んで飲む。

「アリカ、さん。」
「さんは要らないわ。アリカ。」
「アリカ、それも苦いの?」

少し青味がかった苦い苦い白い粒。これはレディーじゃない。

「当然でしょ。コレ、眠剤だもの。」

これでもアタシをアリカと呼ぶのなら、コイツの名前を聞いてやろう。

清らかに生きて行きたい。けれどそんなのは絶対無理!
逃げたいの逃げたいの、こんな世界から逃げて行きたいの。
だからアタシは眠剤に逃げる。清らかに生きられないのならいっそ堕ちてしまえ!
少年は笑っていった。

「お仲間発見。」



次はアタシが沈黙する番だった、なんて!
inserted by FC2 system