桜は咲き、そして散ります。それがこの世界の法則であり、変わらない規則です。
残念な事に、それを人間が止める事は出来ません。きっと、許されない事なんだと思います。
この世は不完全です、だから桜は散ります。でも例え、この世界が完全でも桜は散るのだと思います。
桜は散るから美しいのだから。…ペテン師か誰かなんて覚えてませんが、誰かが言いました。
人は死ぬから美しいものだ、と。でも、桜はまた花が咲きます。だとしたら、何故桜は綺麗なのでしょうか。
この世が見た目で判断されてしまうという事実を、桜は知っているのでしょうか。


「奈緒、生きてますか?!」
「なんとかねー。」

奈緒の声が聞こえます。彼女は何故か靴箱に入っていて、足が1本飛び出しています。よく器用に入ったものです。
足を無理矢理引っ張ること2分、やっと体全体が出てきました。どうやら肩が引っかかっていたようです。
出るのに苦労した為、どう入ったか本当に謎です。ですが、その疑問は後でゆっくり話してもらった方がよさそうです。
今はどう頑張っても話せるような状況ではありません、小さく2人で溜息。
理由を聞かれれば、こう答えるしかありません。目の前にヤクザさん、それ以外に何を言えばいいのでしょうか?
黒いスーツは一見、ビジネスマンにも見えますが、4歳から泉家で沢山の本物のビジネスマンを見てきた私は 何かが違うとわかります。オーラからして、少しの殺気と少しの異常、でもそれはただのこじ付けでしかないでしょう。
手には銃、日本は確かそういう危険なものを一般人が持ってはいけない法律があった筈です。
銃刀法、バリバリ違反です。無意識の内に、私の腕は小さくカタカタと震えています。
銃は私にも奈緒にも銃口を向けてはいません。ヤクザは左手に軽く銃を掴んだまま。一体何が目的なのでしょうか?
それに、何故桜家にヤクザが居るのかもわかりません、会社というものはどこでも裏と手を組んでいるものだと思っていました。
父さんの会社と関係があった時ならば、こういう前代未聞の事件も受け入れられたと思います。
でも、今は泉家と関わっているとは言いがたい状態です。私と奈緒はただの友達ですし、ユウと正式に婚約したわけでもないです。
母さんも父さんも、ユウも(本人は意地でも認めようとしていませんですが)それを願っているのは別として。

「泉家のお嬢さん、桜家の双子さん…で間違いないか?」
「…ええ、そうですけど。あなた達誰ですか、どうして妹と争っていたんですか、私はどうでもいいけど 咲には何にもしないで下さい。」
「双子さん、僕は別にあなた方に用はない。ただ、ボスが少し用があるらしい。」
「…はー?」

ユウに続き、奈緒ともハモった。従姉妹の同調性ならぬ、友人の同調性と言ったところですかね。
似非ビジネスマンは、私と奈緒の腕を持ってズルズルとリビングまで連れて行く。いや、ちょっと待って下さい。
私はGパン、奈緒はスカート、必死で押さえてます。だから、スパッツくらいはいたほうがいいと言ったのに。
リビングまで引っ張られた私と奈緒は眠っている美々子を見て、一瞬積年の恨みを晴らそうと思ったのですが、 次に目に入ったのは…ほら、あの、よくあるマフィアのボスさん。
大きなサングラスに、ぴかっと光るスーツ、わー。

「奈緒ちゃんお久ー。…あー、咲っちも居るねえー、元気?いじめられてないかー?」
「…あの、誰でしょうか?私、あなたと会った事…。」
「私も、咲っちなんて呼ばれた事ないんですけど。」

マフィア(正確に言えばヤクザ)のボスに、こんな馴れ馴れしく話される覚えはありません。
3歳くらいまでの記憶は残念な事にないのですが。覚えている記憶に一切本当の両親の事がないのはちょっと困ります。
優しくされていた時に記憶がないのは、ある意味私にとってはいい事ですけど。
私は大人しい人間と思われていますが、きっと腹の中に何があるか知らないだけなんでしょうね。
私は感情を抑えるのがとても苦手です、美々子をぶん殴りたい気持ちを抑えるのが大変でしたから。

「俺はー、奈緒ちゃんの叔父さんさっ。あの馬鹿弟がこーんな可愛くて真面目な娘置いてったからさー。
交通事故だっけー?大変だったよねー、しかも奈緒ちゃんの妹はマリファナとか手、出しちゃってー。
ぶっ殺したい勢いなんだけど、迷惑かかっちゃうしー、泉の社長さんも大変だからー。
美々子だっけー?こいつ働かせちゃうからー、OKー?」
「…あー、もしかして考兄?」
「ビンゴー!!」

桜家の事情は知りませんが、泉の社長さんが父さんだ、っていう本当の事くらいわかります。
それに、この語尾を延ばした話し方も私は知っていました。泉家に私が来た2日後にお客様として来たIT関連の社長。
桜考、今では小学生でも知っているやり手の人間、日本は彼の手の中にあると言っても過言ではありません。
私が1人、ゆっくりと考えている間にマフィアのボス…もとい、桜考は美々子を雑にロープでくくり、さっき 私達がやられた以上に早くずるずると引っ張り、ダックスフントのような長い車の荷台に乗せました。

「考兄、一体どうするの?」
「この馬鹿は薬抜けるまで、きっちりみっちり働いてもらうよー。弟の遺言でさー、奈緒ちゃんだけはちゃんと生活させろってー。
そーそ、生活費は毎月振り込むからー、今までアルバイトお疲れさーん。咲っちは、社長さんによろしくー。」
「…あ、はい。」

桜考はそう言った後、部下に車を運転させて走り去りました。…奈緒と顔を見合わせるしかありません。
うんともすんとも言えず、私は自分の家へ戻り、夕飯を食べました。味なんかわかりませんよ。
2日間くらい、今日の出来事は本当にあった事ではなく夢か幻だと思い込んでいました。
でも、美々子だけが何故か香港に転校したり、奈緒は半強制的にアルバイトを店長さんに止めさせられ、 口座に振り込まれるお金で生活するようになりました。桜考が律儀に毎月毎月振り込んでいるようです。



それから、10年経って。
ユウと奈緒は結婚しました。私ですか?私はまだ女社長としてやっていく気満々ですから、する予定ありません。
2人とも、正に幸せ絶頂という感じの顔をして、私に話しかけてきました。
私は式場の美味しいコーヒーに夢中になっていて、主役の2人が話しかけてきた事に反応が少し遅れました。

「なあなあ、サク姉ちゃん、今…幸せか?」
「まあまあ、よ。当然でしょ?」

2人が幸せそうに笑ったその姿はとっても美しかったです。
嗚呼、この世もそんなに酷くないのかもしれません。

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