早ければ早いほどいい。思い出そうとしても思い出せないぐらいが望ましい。
ノゾムが忘れればいい。俺と付き合っていたことなんて。

[早ければ]

ノゾムはルーズリーフを縦半分に折った。
変だけどこうしないと書けないの、きっと大きな空白が駄目なんです、そう言って笑っていたことを思い出す。
ノゾムは小説家だ。俺より年下なのに俺の2倍は稼ぐ。
俺は高校教師一年生でノゾムは高校二年生。生徒に手を出すな、と言われたのに付き合ってしまった。
軽いノリで付き合おうか?と言われた。
その時俺は、大好きだった中学の同級生がいけ好かないボンボンと結婚してテンションが可笑しかった。
じゃなければオーケーするはずない。これは間違いだったんだ。
ノゾムはたまに俺の家に来て、俺が借りてきたビデオを見た。
DVDじゃないんだ、とノゾムは言わなかった。
前に付き合っていた彼女にVHSなんてありえないといわれ振られた俺にとって、ノゾムは天使のような子だ。
だからといってただ純粋なだけではない、大人のしたたかさだったり黒さを知っている。
だから小説家をできるのだろうと勝手に俺は考えている。
ノゾムの小説は人生経験が少ないないとは思えない、才能あるんじゃないか。そうノゾムに言うと、どう表現していいかわからない顔になって、でも一応ありがとう、と言われた。
褒め言葉なのか、自分より金を持ってる年下の彼女に対しての嫌味なのかがわからなかったらしい。
もちろん、前者だ。

ノゾムには才能がある。ティーンの心を掴んで離さない恋愛小説は、携帯の小説投稿サイトにあったときから、他のただ自分が経験したい惚れただのハレただけのものとは違うオーラがあった。
恋愛小説以外にも、SF小説は空想の世界なのにリアルさがあった。
ノゾムは、人生経験が少ないから想像力に頼っているだけなんですよ、と言っていた。
でも、人は私が書いたものではないか、とかゴーストライターがいるんじゃないか、とか言うんですよね。
世の中には100年生きてもノゾムのような小説家にはなれない人が居る、とかどこにでもありそうな言葉を俺は投げかけた。
「シナ先生、ありがとうございます。」そう言って、ノゾムはにっこりと笑った。
その言葉、次のお話で使わせてもらうよ、と言われたけれど冗談だと思っていた。

ノゾムの書いた最新の本が売られていたので見てみると、その本の話は、本当は小説家になりたかった作詞家と学生の話で、一番カッコいいシーンで俺の言葉は使われていた。
この小娘実行しやがったな畜生、と小さく言ったつもりだった言葉はレジの女の子に聞こえていたらしく、妙な目で見られた。その本が、本棚の一番上のところにあることはノゾムには内緒だ。

俺はノゾムと別れなくてはいけない。
ノゾムの才能は他の国でも認められるべきだし、ノゾムは色々な経験をしてもっと凄いものを書くことが出来る。
その時、隣にいるのが俺であってはあらない。

「ノゾム、別れよう。」

俺は言った。多分、泣きそうな顔だった。
ノゾムはルーズリーフに落としていた目線をこっちに向ける、そんな目で見ないでくれよ、辛かった。

「シナ先生、わたしのこと、好きでしたか?」
ノゾムは凛とした声で言う。俺は無言で首を縦に振った。大好きなんだ、だけど俺はノゾムに相応しくない。

「私があと5年早く生まれていたら、シナ先生があと5年遅く生まれていたら、私たちには別の未来がありましたか?」
「あったよ。」

何で俺はこんなに早く生まれてしまったのだろう。どうして彼女はこんなに遅く生まれてきてしまったのだろう。
「わかった、うん、ありがとうシナ先生。…もう保科先生、か。ありがとう保科先生、私を好きになってくれて。」

ノゾムは笑った、そして、

「先生、私のことは忘れてください。」

これこそ俺の望む言葉だと思った。俺は、忘れろということは自分も、望むも忘れてやる、という意味だと勝手に思っていた。



「"初めまして。"国語を担当させていただきます、新条ノゾムと申します。」

5年後、ノゾムは俺の居る学校に教師としてやってきた。俺は混乱し始めた。
おいおいおいおいおいおい待ってくれよ、ノゾムは今雑誌で新連載を始めたはずだ。幕末モノの。
そんな忙しい作家が教師なんて出来るはずないだろう。
ノゾムは、保科先生?と俺の名前を呼ぶ。具合でも悪いですか?と言いながら呆けている俺の顔を見て笑った。
「保科先生、まだ彼女いらっしゃらないようですね。もう27歳でしょう?」どこから俺の個人情報が漏れているのかわからない。誰かにつけられていたか?
確かに俺はノゾムと別れてから、人と付き合おうとする度に振られてきた。

「そんな保科先生にいい女性をお教えしましょう。22歳の独身、高校の国語教師で実は小説家なんですよ。
いかがですか?」

ノゾムは笑った。口調は、前と変わらない。それが妙に心地よかった。
俺も、ノゾムのように笑う。

「新条先生、その人にはもう保科っていうイイ男がいるでしょう?」

ノゾムは泣いて抱きついてきた。同僚の教師は、ニヤついている。こいつか、情報売っていた奴は。後で体育館倉庫の裏来いな、殴ってやる。
安っぽいラブストーリーねとノゾムは言ったが、もうどうでも良かった。
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